肛宴のお龍

3.身代わり

表通りを10分ほど歩くと、東組の厳しい門構えが見えてきて、私の姿を見つけた見張りが慌てて門の中へと消えました。門の前に着いて周りを見渡しても誰も居ないので、黙って開いたままの門の中へと入りました。そのまま敷石伝いに玄関まで来ても どなたの姿も見えませんので、ガラガラと勢い良く引き戸を開けると、広い玄関ホールには数人の若い衆が短刀を手に持ってへっぴり腰で構えています。

「親分さんに呼ばれて参上致しました、お龍と申します」

一人ずつの顔をじっくりと見つめながら低い声で告げると、一人がバタバタと奥に駆けて行き、すぐに若頭の鉄二が現れ、ギロリと私を睨みました。

鉄二とは中学1年の夏までは同じ学校に通って いて、剣術の試合でもよく対戦した仲でした。しかし私の身体が変わってきた為に転校し、中学を卒業して女としてこの町に戻って来てからは、西組、東組の若い衆の一人として互いに敵同士。もちろん鉄二は私が子供の頃に剣術で対戦した 将人(まさと)であるとは夢にも思っていません。しかも剣術も合気道も私の方が上でしたので、争い事で何度か怪我をさせたこともあり、私への恨みはかなりのもののはず。

「お龍さん、こちらへ」

平静を装った声で鉄二が言うと、若い衆がさっと両側に寄り、私は草履を脱いで玄関ホールに上がりました。

「こちらへ」

鉄二はそう言うと先に立って奥へ進み、私はその後に着いて行きます。二度三度と廊下を曲がると奥座敷で、床の間を背に東組の親分さんが薄笑いを浮かべています。

「お龍、よく来たな。まあ入れ」

「お久しぶりです、東の親分さん。しかし、お嬢様を人質にするとは相変わらず卑怯な手をお使いになるんですね」

私は鉄二の前を通って座敷に足を踏み入れると、親分さんを見下ろすように言いました。

「お前さんも相変わらずの物の言いようだな。まあいい、それでこそこっちも遣り甲斐があるわけだ」

鉄二を始め若い衆がぞろぞろと私に続いて座敷に入ってきて、私の周りを取り囲みます。

「さあ、こうして私が来たんだから早くお嬢様を帰してあげて下さい。親分さんの狙いはこの私なんでしょう?」

「ああ、そうだ。その通りだ。お京は用が済めば帰してやる。但し、お前が大人しく言うことを聞くのが先だ。それまでは帰す訳にはいかない」

そして、親分さんが右側の襖の方を向いて、「おい」と声をかけると、一人の若い衆がさっと襖に近寄ってするすると開きました。

「お、お嬢さん!」

襖の裏側にはまるで牢屋のように格子戸が嵌っていて、その向こう側では普段着の赤黄八丈の着物姿のお嬢様が若い衆に手を後ろに捩じ上げられ、さらにもう一人の若い衆に首筋にピタリと短刀を当てられていたのです。

「お龍姉さん!ご、御免なさい、私の不注意でこんなことになって」

「お嬢さんを離しなさい!」

私は格子戸の向こう側の若い衆に向かって叫びましたが、二人共ニヤニヤと笑うだけで耳を貸そうともしません。

そして親分さんは私の方を振り返ると、「まず、お前が着物を脱ぐのが先だろう」と言ったのです。

覚悟はしていたものの、いきなり脱げと言われて私が言葉に詰まっていると、「お前が脱がないのなら、お京に脱いでもらうしかないな」と親分さんは言って、格子戸の向こうへ顎をしゃくるように合図をしました。

すると短刀を持っていた若い衆が、一旦短刀を仕舞うと、お嬢様の着物の紐を解き始めるではありませんか。

「あっ、いやぁ」

お嬢様がもがきながら叫びます。

「待ちなさい。私が脱ぎます!」

無我夢中でそう言ってしまった私でしたが、振り向いた親分さんにニヤニヤと笑いながら見つめられると身体がすくみます。

「ほお、やっと脱ぐ気になったか、お龍」

私を取り囲んでいる若い衆たちも、まだヘッピリ腰ながらだらしなく口を開けて私を見つめています。右、そして左と回りの若い衆たちを見渡してから、私はもう一度正面を向き、親分さんをキッと睨んでから、小物入れを足元に置いて帯を解き始めたのです。

若い衆たちの視線が、そして親分さんの視線が私の指先に集まり、シュッ、シュッと乾いた絹ずれの音を何度かさせて、最後に帯がドサッと言う音を立てて畳に落ちると、あちこちから「フゥ」と息を吐く音がします。

その時、「待った!」と叫んだのは鉄二です。

「懐剣をこっちへ貸してもらおうか、お龍さん。そんな物騒なものは要らないだろう」

懐剣と聞いて、私を取り囲んでいた若い衆達が後退りしました。

「これですか?これは単なる飾りですよ」

そう言って私は胸の合わせ目から懐剣を抜くと、鉄二の足元に投げました。

鉄二は懐剣を拾い上げると、「何が飾りなもんか。西組の紋まで入って、これで一体うちの組の何人が酷い目に会ったか分かってるのか、お龍」と喚きましたが、親分さんにまあまあと窘められます。

鉄二が落ち着いたので、親分さんが私に向かって顎をしゃくりました。

私は黙って頷くと、次に薄紫の訪問着を留めている紐を解き、一つ大きく深呼吸をしてから、前身頃を大きく開いてそのまま着物を肩から滑り落としました。

「おぉ」、「オゥ」とあちこちからどよめきが起きます。これで私は薄桃色の長襦袢姿となったのです。

「ああ、お龍さん!」とお嬢様が泣き出しそうな声を上げます。

一人の若い衆が身を屈ませたまま近寄って来ると、帯や着物を拾い集め、そのまま後退りするように親分さんの横へ運びます。

「おい、お銀、こっちへ来てこれを見てみろ」

親分さんに呼ばれてお銀という私と同世代らしい小柄な美人が近寄って来ると、しばらく着物や帯を調べてから私の方を向くと、「これは中々の品物ですね、お龍さん。大切にお預かりしますから、安心して素っ裸におなりになって下さい」と言ってニヤリと笑いました。

素っ裸と聞いた途端に私は再び身体をすくませましたが、それを見てお銀さんは不気味な微笑みを浮かべたのです。

この人は只者ではなさそうです。美しい顔の裏側に恐ろしいものを秘めている気がします。

その時です、「かんざし!」とお銀さんが叫びました。

「何だと」と鉄二が聞き返します。

「仕掛け簪よ!」

「お前、未だそんなものを」

私を取り囲んでいる若い衆達が再び後退りしますが、鉄二は後ろから私に近づくと、サッと簪を抜き去りました。

「他に何か隠してないだろうな、お龍さんよ。今度何か隠してたら、お嬢さんが酷い目に合うぜ」

鉄二はそう言うと簪をお銀さんに向かって投げました。

「鉄二さん、簪は髪飾りじゃないですか。隠してるだなんて言いがかりですよ」

「うるさい、それで俺の兄貴は眼を潰されたんだぜ、分かってんのか、お龍」

「まあまあ、鉄二、そう怒るな。折角お龍さんが着物を脱ぐ気になってるんだから」

親分さんはそう言うと、再び顎をしゃくりました。次は長襦袢を脱がなければならないのです。

私はもう一度大きく深呼吸をすると伊達締めに指を掛けましたが、その時お銀さんが親分さんの耳元で何か囁きました。

「待て、お龍。今はそこまでだ」

親分さんが右手を出して私を制止します。

私は伊達締めに指を掛けたまま、ぽかんとして親分さんを見つめています。思い切って長襦袢を脱ぐ覚悟を決めたのに、どうしたのかしら。

「しばらく休憩だ。お龍に縄を掛けろ。後手に括るんだ。それから足にも」

若い衆がどこからか縄を持ってくると鉄二が私の後ろに立ちます。

「ま、待って下さい、私は休憩なんか要りません。長襦袢を脱ぎますから」

「まあ、そんなに早く裸になりたいのかい。でもその前にもっと楽しいことがあるんだよ」

お銀さんが再び不気味な微笑みを浮かべます。

「お龍さん、両手を後ろに回すんだ。抵抗するとお嬢さんが・・・」

「ああ、どうして」

私は訳が分からずに首を左右に振りながら、それでも両手を後ろに回して手首を重ねました。鉄二がすかさず二重三重に縄を掛けます。

「足首は30センチ位離してやれ。歩けないと困るからな」

鉄二が今度は私の足元にしゃがむと、両足首に縄を掛けました。

「出来ました、親分さん」

「よし、じゃあ、お龍にはしばらく奥で休憩してもらおう。このお銀に面倒を見させるからな。じゃあ、連れて行け」

「ああ、お嬢さんを帰して」

「それは休憩のあと、お前がきっちりと仕事をしてからだ」

「こっちよ、お龍さん」

お銀さんが先に立って廊下に出ると、後ろ縄を持った鉄二が私の背をドンと押し、私はよろけながら小さな歩幅でお銀さんの後に続きました。


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