肛宴のお龍

1.決意

腕の立つ美貌の女侠客だったお龍は、足を洗って田舎で幸せに暮らしていたが、昔世話になった西組の組長将吉の一人娘お京の祝言の為に久しぶりに町へ出てきたのだった。ところがそれを知った宿敵の東組はが将吉が病身なのを好機とみてまずはお京を誘拐し、その身代わりにお龍が一晩彼らの言いなりになることを要求したのだった。今までお龍に散々痛い目にあった恨みを晴らそうというのである。

日当たりの良い座敷に私が入って行くと、臥せっていた将吉親分が顔をこちらに向けました。

「おお、お龍か。よく来てくれたな。しかもしばらく見ないうちに一段と色気を増しやがって。こんな老いぼれの俺でも身震いするほどだぜ。もしかして良い男でも見つけたのか」

「いいえ親分、私は一人ものですよ。今までも、これからもずっと。それより将吉親分、奴らの狙いはこの私です。お嬢様には何の関係もありません。私が身代わりになればお嬢様は返してくれるはず。ぜひ私を行かせて下さい」

枕元に正座した私は、将吉の痩けた頬に顔を近づけると、覚悟を決めて言いました。

「お前の気持ちは有りがたいが、なあ、お龍よ、東組はお前も知っての通りの卑怯者の集まりだ。お前が身代わりなったところで、お京が帰って来るとは思えんのだ。今日明日にも南組から援軍が駆けつけるはずだから、それまで待ってくれ。あの東だって、さすがにわしの娘に手出しはすまい」

「でもそれでは明後日の祝言に間に合いません」

「祝言は延期しないと行けないかもしれないな。しかしそれも侠客の娘としては仕方あるまい。堅気の世界へ嫁入りするための最後の試練だとあいつも分かってくれるだろうよ」

その時です。廊下をバタバタっと掛ける音がして、手紙を持った若頭の竜也が座敷に飛び込んできました。

「親分、こ、これを」

ひったくるように手紙を受け取った将吉の顔がみるみるうちに青ざめました。

「南組は援軍を出せないそうだ。西組と東組の揉め事は当事者同士で解決してくれだと」

「親分さん、それではやはり私が行くしか」

将吉はしばらく私を見つめていましたが、「おい、竜也、肩を貸せ」と言うと、若頭に掴まりながら上体を起こしました。

「なあ、お龍よ、お前さんも俺にとっちゃ娘みたいなもの。どうしてそんなお前を身代わりにすることができるんだい」

「親分さん、お気持ちは有難いですが、赤子の時に捨てられていた私をここまで育てて頂いただけでもう十分過ぎる位です。物心ついて親分さんに真実を知らされてからは、何とか恩義に報いようと一生懸命努めさせて頂きましたが、それが東組の恨みを買ったのも事実。ここは私に最後の恩返しをさせて下さいませ」

「お龍よ、今でもよく覚えているぜ、あの夜のことを。若い者が玄関の外で籠に入った赤子が泣いているのを見つけて俺のところへ持って来やがったんだ。どうしましょうってね。見たら可愛い男の子じゃないか。手紙が付いてたな。訳あって私達には育てることができません。親分さんの温情におすがりしたくよろしくお願いしますとか何とか書いてあったな。光子に見せたら、この子は天からの授かりものよっていいやがって、丁度俺たちにはまだ子供は無かったから、うちで育てることにしたんだ」

「本当に何てお礼を言っていいか、親分さんにも光子奥様にも」

「俺と光子になかなか子供が出来なかったので、まるで実の息子のようにお前が可愛いくて、剣術や合気道は俺が直々に仕込んだもんだ。学問の方は俺はさっぱりだったから、良い先生を付けてな。大きくなるにつれてお前は凛々しい美少年になってきて、しかも剣術も合気道も学問もこの辺りじゃ敵うものがいない位だった」

しみじみと昔の事を語る親分さんの顔は、お嬢様が誘拐されたという深刻な事態を一刻忘れたかのように柔和な表情さえ浮かべていました。

「ところが中学へ上がったころだったかな・・・」

親分さんは少しだけ悲しそうな顔をしました。

「お前の身体の異変に気がついたのは」

私は黙って頷きました。気を利かせたのか若頭の竜也は黙礼すると座敷を出て行きました。

「それまでも玉が目立たないんでちょっとは気にはなってたんだが、元気なので医者にも見せなかった」

「でも胸が膨らんでくるし、お尻も大きくなってくるし」

「光子が医者に連れて行ったら、医者も知識としては知っていたが、実物を見るのは始めてだと。俺も話には聞いたことはあったが、まさかお前がふたなりとは」

「それでも親分さんは私をずっと可愛がってくれました」

「当たり前じゃないか。男の子だろうが、女の子だろうが、ふたなりだろうが、俺のうちで育った子なんだから。しかし流石に転校しない訳にはいかなかったな」

「中1の夏休みの間に女の格好をするようになって、二学期からでしたね。女になってみると、それまで随分無理してたことが分かりました」

「済まなかったな」

「いえ、親分さんの所為じゃ。それどころか剣術や合気道を仕込んで頂いたのは女の私にとっても大変役に立ちましたもの」

「お京が産まれたのはちょうどお前が中学を卒業した頃だったな。それからお前はずっと組で働いてくれて、そしてとうとう『つばめ返しのお龍』と呼ばれる程の女侠客になったわけだ」

「親分さん。お嬢様にはこれから幸せな人生が待っているんです。私はもう十分に幸せでした。今は一人でのんびりと、近所の子供に武術や読み書きを教えて暮らしているだけですから、この身に万が一の事が起きても悔いはありません。ですから恩返しをさせて下さいませ」

私はきちんと座り直すと、頭を畳に付けてお願いしました。

「東組のやり口はお前も良く知ってるだろうが、それでも行こうと言うのか」

「もちろんです。奴らがどんな酷いやり方で女を責めるのかは私も十分承知しています」

「お前の秘密も当然露わにされることになるんだぞ・・・」

東組の連中が私がふたなりであることを知ったら一体どんな責めを、この私の身体に加えるだろうかと想像すると、正直身体が震えます。しかし、私が行かなければお嬢様を救う手立てはないのです。

「か、構いません!」

畳に額を付けたままで私は言い切りました。

「お龍、頭を上げてくれ」

顔を起こすと私を見つめている将吉親分の目から涙が一筋二筋と頬に流れています。

「もしお前に万一のことがあったら、俺は地獄行きだな。娘を売り飛ばすようなことをするんだから仕方ないが。許してくれよ、お龍」

「親分さん、私が望んで行かせて頂くのですから・・・」

私も声が詰まってそれ以上は言えません。

「おい、光子、光子はいるか。酒だ、酒を持ってこい。お龍と別れの杯だ」

「親分さん、有難う御座います。必ずお嬢様は取り返して来ます」

私はそう言うと将吉親分の痩せた身体をぎゅっと抱きしめました。


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