エピソード I 〜 ローラ

1.プリンストンから来た美女

真っ青な空、緑の芝生、そしてこんもり茂る木々。春先のロサンゼルスは屋外でのんびり過ごすには最適です。しかしながら大学の研究室で働く人たちにとっては、そこがロサンゼルスであろうがアラスカであろうが、はたまた南極であっても変わりはなく、一日中ラボに閉じこもっているのです。

僕、マイク・タカシマもそんな一人。日本で博士号を取った後、カリフォルニア大学でポストドク(博士研究者)として働こうと、ここロサンゼルスにやってきたのです。マイクというのはもちろんニックネームで、ロサンゼルスに来てすぐに周りの連中が そう呼び始めたのです。

広々した実験室には実験台が所狭しと置かれ、僕のようなポストドク、大学院生、そして学部学生達が真剣な面持ちで実験に取り掛かっています。このラボの教授はジム・マッカーサーと言うのですが占領軍のマッカーサー元帥とは親戚では無いらしいです。でも妥協を許さない独裁者であることは確かで、皆いつ首を切られるかもしれないと恐れていますが、一方で素晴らしい研究成果は出せるし、研究費も沢山取ってきてくれるので、文句を言いながらも一生懸命働いているのです。

「おい、マイク。さっき面接に来た女子学生を見たか?」

夕方ラボで僕が実験をしていると、同じポストドク仲間のカールが頬を緩ませながら寄って来ました。

「いや、知らないけど」

「今、ボスと面接してるらしいが、もしかしたら秋からこのラボに来るかも。とにかく、凄くゴージャスだぜ。あっ、来た。彼女だ」

カールに促されてラボの入口を振り返ると、例によって大声で何やら話しながら歩いている教授のジムの後ろから、ジムよりも長身の美人が濃紺のツーピースに均整の取れた体を包み、肩まで垂れるブロンドの髪を揺らしながら入ってきました。

「カールとマイク。ちょうど良かった、紹介しておこう。こちらはローラ。プリンストンの卒業生だ」

「ハイ、ローラ。僕はカール」

カールが微笑みながら手を伸ばしてローラと握手をし、続けて僕も緊張しながら、「ハイ、僕はマイク・タカシマです」と言って手を伸ばすと、ローラが僕の目を見詰めながらギュッと手を握り 「よろしくね、マイク」と言って微笑みました。ローラの体からは魅力的な香りが立ち昇り僕は心臓がドキドキしました。アメリカでは男性も女性も何かと言うと握手するし、少し親しくなると軽く抱き合うことも普通ですが、僕はこんな美人と握手したことはなかったのでとても緊張していました。

「ローラは秋から大学院へ進もうと、あちこちに願書を出しているそうだが、このラボも一つの候補らしいので君達が何をやってるか少し見せてやってくれないか?」

「もちろんです、ジム」とカールは顔をパッと輝かせると「ローラ、じゃあこっちから」と手招きしながらラボの奥の方へ向かい、ローラは「じゃあ、お願い」と言いながらカールの後を追います。

「じゃあ、たのんだぞ。終わったらオフィスへ連れて来てくれ」

ジムはそう言うとラボから出て行き、僕も慌ててローラを追いかけようとしましたが、高いハイヒールから伸びる引き締まった足首とふくらはぎに目が眩みます。そして膝より少し上までのミニからほんの少しだけ覗く太腿の魅力的なこと。さらに少し上に視線をずらすとタイトスカートに包まれた見事な腰の線に息を呑んでしまいます。

おいおい、一体何を想像してるんだ、マイク。僕は頭を振って大きく息を吸ってから、カールとローラを追いました。

* * * * * *

アパートに戻ってからもローラの顔がそして姿態が目に浮かびます。ラボでは結局カールが殆ど話し、僕はカールの後ろから相槌を打つくらいしかできませんでした。その後、教授のジムのオフィスへ一緒に戻ると、ビールでも飲みに行こうという事になり、4人で近くのバーへ行ったのですが、そこでは話すのは今度はジムばかり。カールでさえなかなか割り込めません。ジムは普段は厳しい教授ですが飲むと愉快なおじさんになって女子学生や女性 のポストドク、さらに女性教官にも人気があるのです。ローラもジムの話に大笑いの連続で、僕はそんなローラの笑顔を眺め、時々カールと苦笑いしながらビールを飲んでいたのです。

しばらくするとジムが先約があるのでとオフィスに戻り、カールがホテルと同じ方向だからとローラを送っていくことになり、僕はそのままアパートに帰ったのでした。

カールのやつめ、うまくやりあがって。きっとどこかでディナーでも一緒にしてるんだろうな。

僕が言うのも何ですがカールは結構ハンサムで、しかもジョークが上手いのでラボの女子学生にも人気があります。それに比べて僕はどちらかと言うと控えめな性格なので、中々女子学生とも仲良くなれないのです。もちろん英語がまだまだ下手というのもありますが、日本でもそんなにもてた方ではなかったですからやっぱり性格でしょうか。

顔はまあまあだと自分では思ってるし、背も日本人にしては高い方で、カールにも負けてません。でもローラは背が高かったな。ハイヒールを履いていたけど、脱いでも僕よりも少し高いくらい、きっと180近いでしょう。 それにしてもいい女だったな。 4年生にしては大人びてると思ったら、やっぱりローラは大学を卒業してから数年間製薬会社で働いているのだそうです。そして今のままでは上のポジションには行けないので博士号を取る事にしたのだそうです。

冷蔵庫の残り物で夕食を済まし、また少しビールを飲んでからシャワーをさっと浴びて、僕はベッドに潜り込みました。そしてローラの事を思い浮かべながらオナニーをしたのです。 そして射精し終わって後始末をしながら、誰かのことを思いながらオナニーしたのって何年ぶりだろうと考え込んだのです。

日本に居るときは一応彼女と言える人がいて、時々はセックスもしていたのですが、彼女を思い浮かべてオナニーした記憶はありません。それ以前にも果たして誰かを思い浮かべてオナニーしただろうか。いや、オナニーの時はもっと抽象的な女性を相手にしていたような気がします。 一目惚れなのかな? 枕を抱きしめながらローラを抱いているような気分になって枕に顔を埋めて僕は眠りました。ローラが夢に出てきますように。

* * * * * *

残念ながらローラは夢には現れてくれませんでした。ラボに行くとカールが浮かない顔で座っています。

「どうした、カール。昨日はうまくやりあがって」

「とんでもない。きっと俺は嫌われたな」

「一体どうしたんだい?」

「車に乗り込んでから、どこかで夕食でも食べて行かないかと誘ったんだけど、早く部屋に帰りたいからホテルへ直行してと言うんだ」

「疲れてたんじゃないのか?」

「そうかもしれない。それじゃ、ホテルで軽く食べようかと聞いても、疲れてるから横になりたいのと言うんだよ」

「時差もあるからな」

「確かに3時間の時差はきついかもしれないけど、ラボで話してた時とかバーで騒いでた時の笑顔がまったく消えちゃったんだよ」

「お前何かしたんじゃないのか?それとも下心がばればれとか」

「そんなんじゃないよ。それで仕方なくホテルで降ろして、じゃあ秋にまた会おうと言って別れ際に握手した時には、またあのゴージャスな笑顔に戻ったんだ」

「やっぱり車の中で二人きりなのが嫌だったんだな。危険を察知したんだよ。ハッハッハッ」

僕はカールが振られたのが無性に嬉しくて、その日は一日中機嫌良く、しかも実験も全て上手く行って、その度に、ローラありがとう、と呟いたのでした。

* * * * * *

それ以来、僕は毎日ローラのことを思って過ごしていました。でも、だからといって仕事が手に付かなくなるというのではなく、その逆で、ローラがきっと見てくれてるだろうから頑張ろうという気になるのでした。 でも教授のジムにローラが果たしてうちのラボにくるのだろうかとは怖くて聞けませんでした。もちろんカールとは時々ローラの噂はしま したけど、彼は次第に興味を無くしたようでした。

そして毎日ローラのことを思っているうちに僕の中の『男性』が強くなってきたような気がするのです。というのは、 僕は性同一性障害ではないものの女性化願望が多少あって、街で美しい女性を見かけると自分もあんな風に綺麗なドレスを着て歩いてみたいと思うのです。サンタモニカ海岸でビキニ姿でローラースケートをしている女性を見ると、オトコとして性的に興奮している自分がいる一方で、そんな女性に自分を重ねていることも確かだったのです。家の中ですら女装したことはないのですが、もし自分があんな美しい姿になって男性の視線を集められたらなと思うことがしばしばあったのです。ところが、最近は 魅力的な女性を見るとローラの姿態を思い浮かべるようになったのです。週末にはサイクリングをすることが多いのですが、サンタモニカ海岸をゆっくり走りながら ビキニの女性を見ると、ローラはもっと魅力的なはずだ等と、未だ見たことも無いローラのビキニ姿を想像するのでした。

* * * * * *

8月も終わりに近づいた金曜日の午後、教授のジムに呼ばれました。

「マイク、今指導している学生は何人居る?」

「えーと、トムが修士で卒業したので、後は4年生が3人だけですけど」

「春にインタビューしたローラを覚えてるか?」

ええっ、ローラがとうとう来るのか!

僕は思わず頬が緩みそうになるのを必死で我慢して真面目な顔で答えました。

「ええ、確かプリンストンの卒業でしたね」

「ローラがうちに来る事になったんだが、彼女のやりたいテーマが君のやってるテーマに一番近いんだ。だからローラを指導してやってくれないかな?」

僕は心の中で『やった!』と叫び、拳を握りしめました。そして相変わらず事務的に答えました。

「ええ、いいですよ」

「あんまり乗り気じゃないみたいだな」

「いえ、そんな事はありません。彼女も優秀そうだし」

「ああ、それは保証する。君のいい右腕になると思うよ。じゃあ、マイク、頼んだよ。来週月曜日からだ」

「ええっ、そんな直ぐに!」

さすがに僕は嬉しさを隠しきれませんでしたが、既に机の方を向いてしまっていたジムには緩んだ頬は見られずに済みました。

僕は跳ねるようにラボに戻り、パソコンの画面に向かって真剣にタイプしているカールの肩を叩きました。そして真面目な顔で伝えたのです。

「今、ジムから言われたんだけど、来週から新しい大学院生の面倒を見ることになった」

「あっそう」

カールは振り向きもせずにタイプを続けます。

「名前を聞きたくないのか」

「俺の知ってるやつか?」

「ああ。だけど『やつ』じゃないな」

「オンナか」

「そうだ」

「誰かな?」

そう言いながらカールが振り向くと、僕はもう我慢できなくなってニヤニヤしながら目尻を垂らしていたのです。

「ローラか?」

「当り!」

「こいつ、やりやがったな」

カールが僕を殴る振りをしてから、手のひらを拡げて高く掲げ、僕も同じように手のひらを拡げてから、パチンとカールと手を合わせました。いわゆる、ハイ・ファイブというアメリカ式の「おめでとう」です。

* * * * * *

あっという間に週末が過ぎて月曜日になりました。 僕は朝から落ち着かず実験をしていても入り口の方ばかり見ていましたが、11時を過ぎてやっとジムに呼ばれて教授室へ入っていくと、デスクに座ったジムに向かい合うように赤いTシャツとジーンズ姿のブロンド女性が座っています。ローラです。そしてジムが僕に気付くと、ローラが振り向きながら立ち上がり、両腕を軽く拡げながら僕に近づいて来ます。

これは握手ではなく、ハグ(軽く抱き合うこと)しましょうという意味なのです。

僕がドキドキしながら「ハイ、ローラ。ようこそ!」と言って両腕を大きく拡げると、「ハイ、マイク。また会えたわね」と言いながらローラが僕の両腕の中に体を入れながら僕の背中に両腕を回し、頬を軽く触れさせると半年前と同じローラの香りがもっと濃密に立ち昇ります。そして僕も負けずに両腕でローラの背中を軽く抱くと、薄いTシャツを通して両手でローラの体温を感じ、ローラの乳房が僕の胸に触れたのです。僕はペニスが固くなるのを感じながら、ずっとこうして抱いていたいと思いましたがそうもいかず、ほんの二三秒でローラが手を降ろすと僕もローラの背中から両手を離しました。

それから小一時間ジムがローラのテーマのことについて色んなアイデアを話し、ローラも僕もそれぞれ意見を言って大体の方向が決まったところで、後は僕が指導しながら進めることになったのです。

ジムは昼は先約があるというので僕とローラはラボに戻りかけたのですが、ここで僕は思い切ってローラを昼食に誘いました。少し声が震えるのが自分でも分かりましたが、お昼になるととても混むからとか何とか 理由を言うとローラも「じゃあ、先にランチにしましょう」とOKしてくれました。

僕はまるでデートに誘ったような気になって、じゃあ初日でもあることだし車でちょっといいレストランに行こうと言って、中古のカムリにローラを乗せてキャンパスのすぐ傍のイタリアンレストランへ向けて走り出したのです。

ハイヒールを履いていなくてもローラは僕よりもほんの少し背が高く、シンプルなTシャツとジーンズ姿は余計にその下に隠された見事な肢体を浮かび上がらせるようで、その美貌と相まって駐車場からレストランへ歩いていく間に無数の視線がローラに浴びせられ、そんなローラを連れて歩いている僕は鼻高々でした。

でもデート気分はここまでで、テーブルに座ると早速ローラは実験のこと、僕の研究のことを色々聞き始めます。もちろん僕はそういう話の方が英語もスラスラと出てくるので大助かりなのですが、多少なりともロマンチックな会話を期待してた僕は、少しガッカリしたというか反省しました。だってローラは僕のことを研究室の先輩としてしか見てないわけですからね。

会話の内容はとても固いけれど、洒落たレストランで一緒に食事をしていることには代わりは無く、僕は上機嫌で食事を終え、もちろん勘定は僕が払いました。

ラボに戻ると僕は自分のオフィス、と言ってもラボの片隅を衝立で仕切っただけですが、そこにローラを案内し、最近までトムが使っていた机を使うように言いました。そして、彼女の実験台を決め、それからラボの色んな仕組みやルールを説明しながらメンバーを紹介して回りました。それが澄むとローラは 大学の色んな手続きをしなくてはならなかったので、僕は自分の実験を始めました。夕方になって僕が論文の下書きをしているとローラがやっと戻って来ました。

「どう、うまく行った?」

「ええ、授業も全部取れることになったし、どの教授も面白そうな人ばかりだわ」

「それは間違いない、僕が保証するよ」と言って僕は笑い、ローラも笑みを浮かべました。

「疲れた?」

「ええ、少し」

「今日は早めに帰った方がいいよ。寮なの?」

「寮はあまり好きじゃないのでアパートを探しているの。だから未だホテル暮らし。それに車も要るわね、ロサンゼルスは」

「講義の始まる来週までに揃えなくちゃね。じゃあ、今日は送って行くよ。どこかで晩飯も食べて行こう。寿司は好き?」

「もちろん!」

「じゃあ、30分程待っててくれる」

「いいわよ、パソコンの設定もしないといけないし、何時間でも待ってるわ」

ローラは笑いながらそう言うと机に向かい、僕は体を左に向けたまましばらくローラの後姿を眺めてから、前を向きなおして書きかけの文章に再び取り掛かりました。時折顔を左に向けると、ほんの1メートル先にローラの背中があるのです。これから毎日こうしてローラと過ごせるのか。そしてローラが学位を取るまで少なくとも5年間はこれが続くんだ。僕は嬉しさと同時に気力が満ち溢れてくるのを感じたのです。

* * * * * *

夢のような一週間はあっと言う間に過ぎました。一緒にアパートを見て回り、中古車屋をあちこち物色しては一緒になって交渉し、アパートが決まってからはちょっとした家具を買うのにも付き合ったりして僕はまるで新婚気分でした。でも僕達は恋人同士ではなかったのです。

ローラが車を買い、授業が始まると僕と会うのはラボにいる間だけになりました。友達も沢山できたようで、特に男子学生の間では誰がローラのボーイフレンドになるかが話題に成る程、候補者が殺到しているようです。あちこちで二三人の男子学生に取り囲まれているローラを良く見かけますし、ラボにもよくローラを訪ねて男子学生が来ます。もちろん女子学生の友達も何人かできたみたいで彼女達もよくオフィスに押しかけてきます。少しずつ、僕の気持ちもローラの兄貴のような気分に変化してきたのです。

兄貴分である僕は一体どんな奴がローラのボーイフレンドになるのか気が気じゃなかったのですが、それが幸いしたのか中々ローラが気に入る男は現れませんでした。というよりもローラ自身がボーイフレンドを求める気持ちが無いようなのです。言葉の端々にもそれは現れていて、たまに一緒に昼食をしている時も実験の話ばかり。僕が映画の話をすると少しは乗ってきますが、すぐに研究の話に戻ってしまいます。外見はゴージャス系の美女なのですが、中身は凄く固いがり勉なのです。これじゃなかなかボーイフレンドは出来ないかもしれないな。でも、ということは僕にもチャンスが巡ってくるかもしれない。再び僕の気持ちが兄貴分から恋人候補に振れ始めたのです。

そして決定的な日が訪れたのはクリスマスの直前でした。その頃にはローラは大抵の実験は一人で出来るようになっていました。その日は昼前から僕はジムに連れられて共同研究をしている製薬会社に打ち合わせに出かけ、ローラは一人でDNA電気泳動の実験をいくつかすることになっていました。ジムがそのデータを持って 今晩夜行便でワシントンDCへ発ち、そこで明日開かれる政府の研究予算委員会で発表するのです。実験自体はローラも毎日のようにしているもので、僕も全く心配せずに出かけたのですが、夕方ラボに戻るとローラが困った顔をしています。

「どうかした?」

「おかしいの。一度目は全部失敗。初めてだわ、こんなことって。それで二度目をしているところ。あと1時間位で結果が出るわ。それも駄目だったらどうしよう」

電気泳動を失敗するなんて考えられないなと思いながら、最初のデータを見せてもらうと確かに標準のDNAまでが変な値を示しています。

「試薬は全部作り直したの。だから時間がかかったんだけど」

「きっと次はうまく行くよ」

僕は時計を見ながら、この結果が駄目なら自分がやらないといけないなと思いました。それでもジムが出発する午後9時までには終わるはずです。念のためにジムにも現在の状況を伝えてからラボに戻ってくるとローラが泣き出しそうな顔をしています。悪い予感が的中したようです。

「心配しないで。次は僕がやってみるよ」

二度も続けて失敗するなんて考えられませんが、僕にとってはローラにいい所を見せる絶好のチャンスです。僕はまるで王女様を救いに駆けつけた白馬の王子気取りで実験を始めます。ローラが心配そうな顔つきで僕の手先を、そして時折僕の横顔をじっと見詰めています。

「御免なさい、マイク」

「気にしないで。誰にも失敗はあるよ」

僕は余裕の笑顔を見せながらてきぱきと実験を進めます。

「さあ、これでよし。後は待つだけだね」

電気泳動装置をセットし終わると僕は調べものをするためにオフィスに戻り、ローラも僕のすぐ横でデータのスライドに書き込む文章を作り始めます。実験が終われば直ぐにデータだけを加えて完成です。

僕が調べ物に夢中になっている間もローラは装置がちゃんと動いているか確認する為に時々様子を見に行き、僕の横を通り過ぎるたびに両手の人指し指と中指をクロスさせて「お願い、上手く行って!」というポーズをしながらニッコリと微笑みます。

「そろそろ終わりよ、マイク」

ローラが立ち上がって装置の方へ歩いていくのを見た僕は、慌てて後を追います。UVメガネを掛けたローラが、僕にもUVメガネを渡してくれ、僕達はUVランプで照らされたDNAのバンドを覗き込みました。


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